「AIを使うと時間が浮く」という話はよく聞きます。でも、浮いた時間で何をするかは、誰も教えてくれませんでした。

今日は、私が浮いた時間をどこに使ったか、という話です。

子どもたちが帰った後、一人で残っていた

AIを使う前の私は、子どもたちが帰った後も、記録を書くために残っていました。

走り書きのメモを文章にまとめる作業。今日の活動の振り返り、気になった子の様子、連絡帳に書く内容……。これが終わらないと、次の日の準備に入れない。でも記録が終わる頃には、準備の時間が足りなくなっている。

どちらを先にやっても、どちらかが後回しになる。毎日そのくり返しでした。

変えたのは「記録のまとめ方」だけ

記録の走り書きをAIに渡して、文章に整えてもらうようにしました。詳しいやり方は以前の記事に書きましたが、やることはシンプルです。手元のメモをそのまま渡して、「読める文章にして」と頼む。名前は伏せて、個人が特定できることは入れない。それだけです。

これだけで、記録にかかっていた時間がぐっと短くなりました。

時間より先に「余裕」が生まれた

正直に言うと、「毎日30分浮いた」というほどはっきりした変化ではありませんでした。

でも気づいたことがあります。余裕ができたのは時間だけじゃなかった。

以前は「今日この活動でいこう」と決めたら、ほぼそのまま進めていました。変更する心のゆとりがなかったんです。でも事前にアイデアをいくつか持っておけるようになってから、朝の子どもたちの様子を見て「今日はこっちにしよう」と切り替えられるようになりました。

準備した活動をやり切ることより、目の前の子どもに合わせることを選べるようになった。小さいけれど、私には大きな変化でした。

「子どもの隣に座る」は、比喩です

タイトルに「子どもの隣に座る」と書きましたが、特定の場面があるわけではありません。

でも、気持ちの余裕が全体的に生まれた、ということは確かです。次の仕事を頭の片隅に置きながらではなく、今この瞬間の子どもに、ちゃんと向き合えている感覚。それが増えた気がしています。

事務に追われているとき、私は子どもの前にいながら「早く終わらせなきゃ」と思っていました。体はそこにいても、気持ちが半分どこかに行っていた。その「半分」が、少し戻ってきた感じです。

今日のまとめ

  • AIに任せたのは「記録のまとめ」——走り書きを渡すだけで、文章にする時間が短くなった
  • 浮いたのは時間だけじゃなく、気持ちの余裕——活動を子どもの様子に合わせて変えられるようになった
  • 子どもの隣に座るのに、特別な時間は要らなかった——余裕があれば、今いる場所でちゃんとそこにいられる

AIを使う理由は人それぞれでいいと思います。私の理由は、子どもとの時間をもう少し、ちゃんと子どもとの時間にしたかったから。

そのために事務の一部を手放しました。手放したことで、大事なものが少し手元に戻ってきた気がしています。

それでは、また。